麻の着物

夏まで生きていようと思った。そう思いながらなんとか生きている人間の観劇とか読書の記録。

孤島の鬼(2/4マチネ、2/12マチネ)

お久しぶりです。

観劇はしていたのですが、いろいろと忙しく感想の更新を大分止めてしまいました。とにかく続けようというのが目標なので、簡単にではありますが、2月の公演分から少しずつ書いていこうと思います。

『孤島の鬼』は江戸川乱歩原作の怪奇小説であり推理小説江戸川乱歩の作品は少年探偵団しか読んだことがなかったので、原作未読のまま行きました。

ネルケ主催の公演としては一応再演となるのかもしれませんが、演出が大きく変わっているため2015年版、2017年版と呼び分けようと思います。2015年版については映像で見てから行きました。

 

 2015年版と2017年版。一番大きな違いになるのは後味の悪さだと思っています。パンフレットでも対談で「今回は比較的胸糞悪い」という言葉がでてきますが、まさにその通りでした。

その違いが何か出てくるのだろうと考えた時に一番違いをはっきり感じたのは「私」役の佐藤さんでした。崎山さんが演じた2015年版の「私」よりもストレートに言ってしまえば性格の悪さが滲んでます。
さらに若い頃の存在である箕浦金之助を演じる石田さんの演技は純粋な好青年度が2015年版よりも高く、より事件の前後でのギャップを感じました。

話はラストシーンになりますが、諸戸が箕浦と共に舞台を去るところを見て、今回の「私」と箕浦は完全に分かたれていて、諸戸と共に箕浦もまた死んだのだなあと感じました。それくらい箕浦は「私」がかつて持っていた若く純粋な己を蒸留したような存在でした

そして違いを感じる2つ目は諸戸丈五郎です。2015年版が最後まで哀れな鬼、異形の怪物として描かれた丈五郎だとしたら、2017年版は真実を暴かれた時に立っていたのは人間のように感じました。2015年版のほうが素直に丈五郎のことを憎むことができたのですが、2017年版は彼こそが一番哀れな生き物で、しかし彼によって苦しまされた人々を思うとそれこそ胸糞悪さが消えないのです。

またこの物語の軸の一つである箕浦と諸戸の関係性。私は2015年版を見た時、どちらかというと箕浦と同じ視点に立ってしまっていて、諸戸の愛情を感じれど自分が恋愛感情を持たない人間から好意を向けられ続けるのがしんどいなと思っていました。

今回2017年版を見ていて箕浦にとって諸戸は自分がどんなに拒絶しても愛してくれる存在で、ある種彼の自信の根拠であるように感じました。諸戸が向けるのは愛情なんですが、箕浦にとってそれは自分のステータスを上げるものでしかない。そういう接し方をするところが箕浦が内に抱える「鬼」なのだと思います。

私は今回田中さんのファンとして見にいったのですが、諸戸はこれまでの役ともまた違ったところがあって非常に見応えがありました。好きなシーンは数あれど、やはりラストのシーンが特に心に残っています。今回台詞も多いんですけど、目線の使い方がすごくよかったです。
蔵で箕浦が秀ちゃんに出会うシーンで、諸戸の見せた表情がとても悲しかった。

今回の衣装は白にところどころに染みがあるというものでしたが、私はこの染みがそれぞれの登場人物の抱える「鬼」だと思っています。そう考えるとずっと真っ白の姿でいた諸戸が洞窟の中で自らの「鬼」をさらけ出していく様子は壮絶でした。

他に印象に残った人物としては深山木が2015年版とはがらっと印象が違って面白かったです。深山木はすごく魅力的な人物だと思います。

赤坂Redシアターは地下にある劇場で、劇場の雰囲気もお芝居に合っていたと思います。2公演行ったのにどちらも席がほとんど一緒で、どうせならもうちょっと別の席で見たかったです。